【番外編】新たな武器──青色申告特別控除に挑む

【番外編】新たな武器──青色申告特別控除に挑む
序章──思い知らされた「税金」という現実
2回目の確定申告を終えた桐谷誠司は、
重たい書類の束を前に、深く息を吐いた。
払う税金。
そして、国民健康保険料の追い打ち。
── 働いたのに、こんなにも取られるのか。
配送で汗を流した日々が、一瞬で押し流されるような感覚だった。
これでは、未来どころか、目の前の生活すら心もとない。
誓ったはずだった。
焦らず、一歩ずつ進もうと。
だが現実は、甘くなかった。
第一章──新たな武器の存在
相談に訪れた税理士事務所で、桐谷は切り出した。
「正直、きついです。何とかならないでしょうか。」
担当の税理士は、軽く頷くと資料を取り出した。
「桐谷さん、青色申告特別控除をご存じですか?」
初めて聞く言葉だった。
個人事業主が一定の条件(複式簿記・帳簿保存・e-Taxなど)を満たして申告することで、
最大65万円(電子申告なら)の所得控除が受けられる制度です。
結果として、所得税・住民税・国民健康保険料が大幅に軽減されます。
また、普通は税理士を雇った段階で青色申告を提案されるものです。
税理士に確定申告を依頼する場合、
内容や規模によっては年間数十万円のコストが発生することもあります。
フリーランス駆け出し期は、できるだけ自力で確定申告を行うことをおすすめします。
現在は、弥生会計などのクラウド会計ソフトなどで
比較的簡単に帳簿作成から申告書提出まで完了できる仕組みも整っています。
※とはいっても最初は多少の勉強が必要になります・・。
「複式簿記? 帳簿? 電子申告?」
桐谷には、ハードルの高い単語ばかりだった。
だが税理士は、静かに続けた。
「努力すれば、確実に報われる制度ですよ。」
努力。
それは桐谷にとって、決して避けたい言葉ではなかった。
第二章──帳簿との格闘
翌日から、桐谷はノートパソコンとにらめっこを始めた。
複式簿記。
つまり、「現金が増えた」「売上が立った」だけでなく、
「その裏側で、何が変化したか」まで記録する作業だった。
- 預金口座の入金
- 荷物配送の売上
- ガソリン代の支出
- 通信費の経費処理
すべてを、仕訳というルールに則って記録しなければならない。
── わからない。
初めての感覚だった。
仕訳とは、お金の動き(取引)を帳簿に正しく記録する方法のことです。
たとえば、売上が発生した場合は「売掛金の増加」と「売上収益の増加」を同時に記録します。
青色申告特別控除を受けるには、
複式簿記に基づいた正確な仕訳帳・総勘定元帳を作成・保存することが義務付けられています。
単なる作業ではなく、
法律上求められる正式な手続きであり、
正確な帳簿管理が青色申告では求められます。
慣れるまでは色々と面倒なことがありますが、 弥生会計などのソフトを使うことで比較的簡単に進められます。
配送の仕事なら、地図を見れば道がわかる。
だが、この帳簿の世界では、どこを走ればゴールに着くのかすら見えない。
何度も投げ出しかけた。
だが、諦めるたびに、
あの日、年金定期便を見た瞬間の冷たさが脳裏に蘇った。
── 自分を守れるのは、自分だけだ。
静かに立ち上がり、再びパソコンに向かった。
日々の記録を積み重ね、
少しずつ、仕訳の意味が見えてきた。
そして、桐谷は気づいた。
帳簿とは、自分の働きの「地図」そのものなのだと。
第三章──e-Taxへの挑戦
帳簿作成に慣れてきた頃、次なる壁が立ちはだかった。
e-Taxによる電子申告。
国税庁が提供する、インターネットを通じた電子申告システムです。
電子申告を使うことで、青色申告特別控除の上限(65万円)を満額適用できるほか、
手数料不要・待ち時間ゼロ・ミス防止など多くのメリットがあります。
e-Taxを使うには、「マイナンバーカード」「ICカードリーダー」「パソコン設定」が必要だった。
役所でマイナンバーカードを再発行し、
家電量販店でICカードリーダーを購入し、
深夜までパソコン設定に格闘した。
カードリーダーはスマホで代用可能です。
読み取りエラー。
ブラウザ設定ミス。
何度も心が折れそうになった。
だが──
成功した瞬間、
画面に表示された「受付完了」の文字は、
配送先で受け取った「ありがとう」の言葉と同じくらい、胸に響いた。
最終章──守りを固めた先にあるもの
申告が終わり、数ヶ月後。
桐谷のもとに、住民税・国民健康保険料の通知が届いた。
その額を見た瞬間、思わず小さく息を呑んだ。
── 軽い。
たしかに軽くなっていた。
それも、目に見えるほどに。
青色申告特別控除65万円。
この「小さな武器」が、どれほど未来を守るかを、
桐谷は身をもって知った。
配送のハンドルを握る手にも、
どこか確かな力が宿っていた。
ideco、付加年金、小規模企業共済、経営セーフティ共済。
そして、青色申告。
すべては、自分を未来に連れていくための武器だった。
焦ることはない。
比べることもない。
ただ一歩ずつ、
静かに、確かに。
桐谷誠司の未来は、今日もまた、少しだけ明るくなった。