数年前の夏、父が脳梗塞で緊急入院しました。病院で医師から「長期入院が必要」と告げられた瞬間、私は途方に暮れました。父の預金がいくらあるのか、保険証がどこにあるのか、年金がいつ振り込まれるのか。何一つ分からなかったのです。

病院の支払いは一時的に私が立て替えましたが、総額は2週間で38万円。その後の介護費用を考えると、父の財政状況を把握することが急務でした。しかし、意識が朦朧とした父からは何も聞き出せません。

この経験をきっかけに、親の財務状況を事前に把握する重要性を痛感しました。現在の私は、同様の状況に直面した知人・友人約20名の相談に乗ってきました。その経験から言えるのは、「親のお金の話」は50代の避けて通れない重要課題だということです。

実際に遭遇した3つの「ある日突然」ケース

過去3年間で相談を受けた中で、特に印象的だった3つのケースをご紹介します。

ケース1:認知症発症による口座凍結(田中さん) 母親が認知症と診断された翌日、メインバンクの口座が凍結されました。年金振込口座も分からず、月15万円の施設費用を3ヶ月間、田中さんが立て替えることに。成年後見制度の申立てに6ヶ月かかり、総立替額は90万円に達しました。

ケース2:隠れた借金の発覚(佐藤さん) 父親の相続手続き中に、カードローン180万円の存在が判明。生前の父は「年金で十分暮らしている」と言っていましたが、実際には月8万円の返済に追われていました。相続放棄を検討しましたが、実家の処分問題で最終的に借金を承継することになりました。

ケース3:保険金請求の複雑化(山田さん) 母親の入院で医療保険を請求しようとしたところ、契約者・被保険者・受取人の関係が複雑で、必要書類が揃わない事態に。保険会社とのやり取りに3ヶ月を要し、その間の医療費120万円は自己負担となりました。

我が家で実践した「段階的アプローチ」の効果

父の入院後、退院してから本格的に財務状況の把握に取り組みました。最初は警戒していた父でしたが、段階的なアプローチで徐々に情報を開示してもらえるようになりました。

第1段階(基本情報の確認): まず「緊急時に連絡すべき金融機関」を聞きました。「もしもの時に、どこに連絡すればいいかだけでも教えて」という切り出し方で、メインバンクと証券会社の名前を教えてもらいました。

第2段階(大まかな残高把握): 父の誕生日の際、「介護費用が心配だから、大体の資産状況を教えて」とお願いしました。正確な金額ではなく「生活費○年分はある」という形で教えてもらいました。

第3段階(具体的情報の共有): 年末の家族会議で、通帳と印鑑の保管場所、暗証番号のヒント、保険証券の在り処などを確認しました。この時点で、父も「必要なことだ」と理解してくれていました。

この段階的アプローチにより、約6ヶ月かけて必要な情報をほぼ把握することができました。重要なのは、一度に全てを聞こうとせず、親の心理的負担を考慮することでした。

実際に確認した「親の財務リスト」

我が家で作成した「親の財務情報チェックリスト」をご紹介します。これは3年間の実践で改良を重ねたものです。

1. 金融資産の把握 メインバンク(○○銀行△△支店、普通預金約300万円)、サブバンク(××信用金庫、定期預金約200万円)、証券会社(投資信託約150万円)。暗証番号は父の誕生日の組み合わせで、印鑑は仏壇の引き出しに保管。

2. 年金収入の詳細 厚生年金月額12万円(偶数月に2ヶ月分振込)、国民年金月額6.5万円。合計月18.5万円で、生活費月15万円を上回っているため収支は黒字。年金事務所の担当者名と連絡先も確認済み。

3. 保険契約の整理 医療保険(入院日額5,000円、手術給付金あり)、生命保険(死亡保障300万円)、火災保険(住宅・家財)。保険証券は全て机の最上段に保管。受取人は母親で、母の認知症に備えて受取人変更も検討中。

4. 不動産の現状 自宅(築35年、固定資産税評価額1,200万円)、農地(相続税評価額800万円)。住宅ローンは完済済み。将来的な売却可能性も含めて、不動産業者に概算査定を依頼済み。

5. 負債の有無 カードローンなし、クレジットカードのリボ払いなし。ただし、固定資産税の支払い遅れが1回あったため、今後は口座引き落としに変更。

介護方針と費用負担の家族会議

財務状況の把握と並行して、介護に対する父の希望と費用負担について家族で話し合いました。

父の希望は「できる限り自宅で過ごしたい、施設入居は最後の手段」でした。在宅介護にかかる費用を調べたところ、要介護3で月約8万円(自己負担1割想定)。父の年金収入で十分カバーできることが分かりました。

兄弟3人での負担分担も決めました。私(長男)が財務管理と医療機関との連絡、次男が週末の見守りと通院付き添い、三男(県外在住)が月1回の帰省と費用不足時の補填。明確な役割分担により、いざという時の混乱を避けることができます。

2年間の実践で得られた教訓

この取り組みを始めて2年が経ちました。途中、父が軽い脳梗塞で再入院した際も、事前に情報を整理していたおかげで、スムーズに対応できました。

最も重要だと感じるのは、「完璧を求めない」ことです。全ての情報を一度に把握しようとすると、親も子も負担が大きすぎます。段階的に、必要な情報から順番に確認していく方が現実的です。

また、「定期的な見直し」も大切です。親の健康状態や財務状況は変化します。年1回は情報をアップデートし、必要に応じて対応策を修正することで、常に現実的な準備を維持できます。

50代の今だからこそ、親との対等な関係を活かして、この難しい話題に取り組むことができます。先延ばしせず、家族全員の安心のために、一歩ずつ準備を進めることをお勧めします。